今回は摂食障害について解説します。
摂食障害の概念と歴史
摂食障害の概念
摂食障害とは、主に
- 神経性やせ症/神経性無食欲症(anorexia nervosa:AN)
- 神経性過食症(bulimia nervosa:BN)
の事を言います。
もともとダイエットは、
- 健康面
- 美容面
- 運動・競技スポーツ面
などの理由から行われてきました。
健康面でいうと、糖尿病や高血圧、高脂血症や通風、心疾患などの予防のために、医師からダイエットを進められた経験などです。
美容面としては、ミスコンテストに代表されるような、美と成功の象徴として、憧れから来る生物的な欲求を満たすためのダイエットです。
運動・競技面からは、体重制限を余儀なくされる場合や、容姿が採点基準にも影響を与える様な競技などの場合にはダイエットを行う場合があります。
通常のダイエットの領域とは逸脱し、単品ダイエットや糖質制限、カロリー制限、炭水化物制限などの制限ダイエット、下剤や利尿薬など薬を使用したダイエットや排出型の嘔吐などによる食行動異常からの病的なダイエットなどに至る例もあります。
そこから徐々に摂食障害という概念が確立されてきました。
摂食障害の歴史
歴史上ではいつ頃からこの摂食障害の報告があったのか、というと、13世紀ころからだと言われています。
太古の時代から、宗教的な儀式の一つとして、断食という修行がありました。
キリスト教でも禁欲主義はあらゆる欲望を断つことで魂に救いの手が伸べられ天にいる神のもとへ召されていくという教えもあります。
そういった背景から、中世から近世にかけて聖女が自ら好んで断食をするようになったのです。
彼女たちは痩せる事を目的としてはいなかったとは思いますが、はからずとも現在の摂食障害の方と共通する部分は多く含んでいます。
神経性やせ症について医学的な最初の報告は1689年のイギリスの医師リチャード・モートン(R.Morton)です。
彼は「神経性消耗病(Nervous consumption)」として最初の報告をしています。
その200年後の1874年、19世紀になり、イギリスの医師ウィリアム・ガル(W.Gull)が「神経性食思不振症(anorexia nervosa)」として報告し、現代ではこちらの名前が主流になっています。
ガル(W.Gull)はこの時の報告にすでに過食についても触れていますが、過食が研究されるようになったのは1950年頃からです。
そして、20世紀に入った1979年にイギリスの精神科医ジェラルド・ラッセル(G.Russell)によって過食が症状として提唱され、1980年のDSM-Ⅲ(精神障害の診断・統計マニュアル)に神経性過食症(bulimia nervosa)として含まれることとなりました。
いろいろな背景から、現在ではこの
- 神経性やせ症/神経性無食欲症(anorexia nervosa:AN)
- 神経性過食症(bulimia nervosa:BN)
が提唱されています。
※1994年のDSM-Ⅳ(精神障害の診断・統計マニュアル第四版)ではANとBNは明確に区別され、2013年のDSM-Ⅴ(精神障害の診断・統計マニュアル第五版)ではANは神経性食思不振症から、神経性やせ症/神経性無食欲症と呼ばれるようになりました。
摂食障害の割合
摂食障害は世界的に発症する割合が異なります。
それは、世界各国で標準体重が違う事や、美に対しての基本的な考え方の違いによるものが大きく影響しています。
また、摂食障害は飽食の時代に起こりうる病気の一つであるため、そもそも飢餓や飢えに苦しむ国では摂食障害の概念もありません。
摂食障害は経済が発展していて、女性の社会進出が多い国に起こりやすくなっているのが特徴的な病気と言えます。
アメリカやヨーロッパでの摂食障害の割合
実際にアメリカやヨーロッパでの神経性やせ症(AN)の生涯有病率は0.5~3.7%と言われています。
一方神経性過食症(BN)の生涯有病率は1.5~4.2%と言われています。
女性が社会進出し、美と成功がやせと結び付けられるようになり、オードリーヘップバーンに代表されるやせ型のハリウッドスターが出始める様になった1950年頃より神経性過食症(BN)は激増しています。
実際イギリスで1988年時点では神経性やせ症(AN)が10万人当たり18.5人だったのが、2000年では10万人あたり20.1人で微増となり、神経性過食症(BN)に関しては10万人に対して40人と、かなり増加の傾向にあります。
アフリカやアジアでの摂食障害の割合(日本除く)
ナイジェリアやマレーシアでは神経性やせ症(AN)の有病率は、10万人当たり0.5人と言われています。
香港でも生涯有病率は0.03%とかなり少数で、韓国での神経性過食症(BN)の有病率は0.46%でした。
また、痩せている方の中にはやせたいというよりも、太りたい・体重を増やしたいと思っている割合も多かったのも特徴的でした。
日本での摂食障害の割合
日本ではアジア圏であるにもかかわらず、神経性やせ症(AN)や神経性過食症(BN)の有病率が有意に高いです。
実際、神経性やせ症(AN)は10万人あたり約10人、神経性過食症(BN)では10万人あたり約5人(1998年)でした。
これは他のアジア圏と比較してかなり高く、実際に2000年に行われた女子大生のアンケートでは神経性やせ症(AN)が1.4%、神経性過食症(BN)も1.4%で他、摂食に問題がある割合も8.7%に認められていました。
現代は女性の社会進出率の増えており、欧米化する日本において、更なる増加が懸念されています。
摂食障害の病因
社会的背景からの摂食障害
やせ願望
現在、社会的に、健康上の理由や美容面の理由でやせている人に自制心があり、ふくよかな人は自己コントロール能力が低いという風潮が蔓延しています。
ミス・コンテストでは1960年頃まではグラマーな体型が主流でしたが、その後スリムな体型がこのまれるようになり、1970年頃より標準体重比は年々低下傾向にあります。
日本でもミス・ユ二バースでは顔面コンテストというよりも体型勝負の傾向が強くなりました。
平均的な日本人の体形として、身長は平均身長が増加傾向にありますが、平均体重はほぼ 横這いを推移しており、15歳から24歳の女性の1960年の平均BMIが21.5だったのが1995年には平均BMIには20.5に低下しています。
これらの原因として考えられることとして、思春期の女性は前述の様な文化的背景もあるのではないかと推測されます。
実際、やせ願望は17歳の女性のアンケートでは87%がもっていました。
一方、男性のやせ願望は25%でした。
飽食の時代
現在の日本ではグルメ志向が強く、飽食の時代に突入しています。
食事をするという行為が生命維持の観点ではなく、享楽的な要素が強くなっているのです。
拒食や過食という概念自体がそもそも食物が不足している社会ではありえないことなのです。
心理的背景からの摂食障害
自立と依存の葛藤や、自己同一性の確立、そして、体型が変化する事による成熟に対しての不安感から摂食障害に至るという報告があります。
以下、心理的要因として考えられるものを解説しておきます。
性格
手のかからないいい子、内向的で強迫的、内気で恥ずかしがり屋、自己中心的で未熟、ヒステリーなどが神経性やせ症(AN)の病前性格と言われています。
一方、神経性過食症(BN)は完ぺき主義、低い自己評価、依存的で強迫的、衝動的、人に認められたい願望が強いなどの報告があります。
自立への葛藤
核家族化が進み、過保護な親が増えてきているため、親からの自立や自我機能の未熟さから摂食障害に陥る事があります。
低い自尊心
低い自尊心から自己統制感を得るために極端な体重コントロールをします。
ボディーイメージの障害
摂食障害の発祥前にもやせ型の体型にも関わらず、やせを認識していなかったり、太ももや下腹部など身体の一部分が太くて醜いなどと思う、ボディーイメージの障害があります。
不適切な学習
摂食行動の誤った知識により、自分が肥満であると思いこんだり、肥満を指摘されたと思い込み自分の体重に対して過敏に反応します。
その事で両親からの注目を浴びたり周囲の人からの関心を引くことで摂食行動の問題や異常はさらに加速されます。
認知のゆがみ
神経性やせ症(AN)も神経性過食症(BN)も体型と体重についての過剰な関心と認知のゆがみが認められます。
また、自分の体重や体型が自分の自尊心や自己評価に直結してしまい、痩せれば成功、増えれば失敗と思いこみ、異常な食事制限や自己誘発性嘔吐、下剤や利尿薬の乱用に走ります。
家族関係
過保護、葛藤や家族の問題に子供を巻き込むこと、機能不全の家族の中には摂食障害が多く認められます。
母親が強く、父親は全くの無関心であったり、父親が暴力が正義と思っていたりして母親が絶対服従になっている家族では子供に対して過保護になったり過干渉になったり、支配的になったりして育児での達成感が親の自己に影響します。
子供は結果として愛情飢餓状態となり自己主張が困難となりいい子として育ち、発散対称としての摂食障害となります。
生物学的要因からの摂食障害
社会的背景や心理的背景からだけでは摂食障害は説明できません。
というもの、同じ様な状況で育った人でも、摂食障害になる人とならない人がいるからです。
脳の中枢機構の機能異常による摂食障害
神経性やせ症(AN)のケースでは、「食べない」から空腹にならずに「食べれない」となり、神経性過食症(BN)のケースでは「食べない」から満腹感が得られずに「食べたら止まらない」となります。
つまり、脳の視床下部にある「満腹中枢」と「空腹中枢」に障害が起こっていると判断できます。
実際、視床下部‐下垂体‐性腺系や、甲状腺、副腎系のホルモン異常が起こってきます。
遺伝的要因による摂食障害
摂食障害の方は親近者や一卵性双生児で発症頻度が高くなります。
具体的には染色体の異常や、セロトニン関連遺伝子、その他、ドパミンやノルアドレナリン、エストロゲンやレプチン、脳由来神経伝達栄養因子(BDNF)なども関連が検討されています。
多元的な要因が絡み合う摂食障害
前述の痩せ願望、思春期の自立問題、ストレスや女性の社会進出によるものや、心理的要因などから慢性的に身体障害や脳機能障害が起き、その結果、摂食行動の障害が起こり、悪循環に至ります。
摂食障害の症状
摂食障害の精神症状
主な精神症状としては痩せ願望、肥満恐怖、ボディーイメージの障害、病識の欠如などが挙げられます。
また、不安や抑うつ症状、強迫性や感情をうまく言語化できない失感情症が起こります。
摂食障害の行動異常
食事制限、過食、隠れ食い、盗み食い、排出行動、下剤や利尿薬などの薬剤乱用が起こります。
また、自傷行為や自殺企図、万引きやアルコール依存、薬物依存や自己破壊性の行動を起こすこともしばしば認められます。
こういった衝動的な問題行動を起こす症例は、パーソナリティ障害を合併している事が多く、予後が悪いと言われています。
摂食障害の身体症状
体重減少や月経異常、その他、徐脈や低血圧、低体温、産毛の密生、浮腫や過食後の微熱などが挙げられます。
通常は思春期発症が多いですが、遅発例や既婚例、男性例では痩せ願望はさほど認められず、食後の吐気や胃部不快感などの訴えが認められることが多いです。
また、スポーツ選手では、スポーツをしていない人と比較すると気持ちの面でも強い人が多く、病気診断される前により重症になっている事が多く、治療回復も早いがやせを正当化する様な過剰な練習や強迫症状が目立つこともあります。
摂食障害の診断
神経性やせ症(AN)では低体重なのに活動的で治療に対して抵抗を示します。
対して神経性過食症(BN)では、正常体重で過食や嘔吐を繰り返します。
神経性やせ症(AN)の診断基準
DSM-Ⅴの診断基準
A.必要量と比べてカロリー摂取を制限し、年齢、性別、成長曲線、身体的健康状態に対する有意に低い体重に至る。有意に低い体重とは、正常の下限を下回る体重で、子どもまたは青年の場合は、期待される量低体重を下回ると定義される。(カロリー制限の結果、優位に低い体重)
B.有意に低い体重であるにもかかわらず、体重増加または肥満になることに対する強い恐怖、または体重増加を妨げる持続する行動がある。(肥満に対する恐怖)
C.自分の体重または体型の体験の仕方における障害、自己評価に対する体重や体型の不相応な影響、または現在の低体重の深刻さに対する認識の持続的欠如。(ボディーイメージの歪み)
ICD-10の診断基準
(a)体重が標準体重の15%以上下まわること、あるいはQuetelet’s body-mass indexが17.5以下。
前思春期の患者では、成長期に本来あるべき体重増加がみられない場合もある。
(b)体重減少は「太る食物」を避けること。また、自ら誘発する嘔吐、緩下薬の自発的使用、過度の運動、食欲抑制薬または利尿薬などの使用がある。
(c)肥満への恐怖が存在する。その際、特有な精神病理学的な形をとったボディイメージのゆがみが存在し、患者は自分の体重の許容限度を低く決めている。
(d)視床下部下垂体性腺系を含む広汎な内分泌系の障害が、女性では無月経、男性では性欲や性的能力の減退を起こす。(例外として、ホルモンの補充療法を受けている無食欲症の女性で性器出血が持続することがある)。また、成長ホルモンの上昇、甲状腺ホルモンによる末梢の代謝の変化、インスリン分泌の異常も認められることがある。
(e)発症が前思春期であれば、思春期に起こる一連の現象の遅れや停止。(成長の停止。少女では乳房が発達せず、一次性の無月経が起こる。少年では性器は子どもの状態のままである)。回復すれば思春期はしばしば正常に戻るが、初潮は遅れる。
神経性過食症(BN)の診断基準
DSM-Ⅴの診断基準
A.反復する過食エピソード、過食エピソードは以下の両方によって特徴づけられる。
1.他とははっきり区別される時間帯(例えば任意の2時間以内)で、ほとんどの人が同様の状況で同様の時間内に食べる量よりも明らかに多い食物を食べる。
2.そのエピソードの間は、食べることを抑制できないという感覚。(例えば食べるのをやめることができない、または、食べる物の種類や量を抑制できないという感覚)(反復する過食)
B.体重の増加を防ぐための反復する不適切な代償行動、例えば、自己誘発性嘔吐、緩下剤、利尿薬、その他の医薬品の乱用、絶食や過剰な運動などを行う。(反復する代償行動)
C.過食と不適切な代償行動がともに平均して3ヶ月にわたって少なくとも週1回は起こっている。
D.自己評価が体型および体重の影響を過度に受けている。(体重や体型による自己評価)
E.その障害は、神経性やせ症のエピソードの期間にのみ起こるものではない。(ANとの区別)
ICD-10の診断基準
(a)持続的な摂食への没頭と食物への抗しがたい渇望が存在する。
患者は短時間に大量の食物を食べつくす過食のエピソードに陥る。
(b)患者は食物の太る効果に、自ら誘発する嘔吐、緩下薬の乱用、交代して出現する絶食期、食欲抑制薬や甲状腺末、利尿薬などの薬剤の使用で抵抗しようとする。
糖尿病の患者に過食症が起これば、インスリン治療を怠ることがある。
(c)この障害の精神病理は肥満への病的な恐れから成り立つもので、患者は自らにきびしい体重制限を課す。
それは医師が理想的または健康的と考える病前の体重に比べてかなり低い。
双方の間に数ヵ月から数年にわたる間隔をおいて神経性無食欲症の病歴が、常にではないがしばしば認められる。
この病歴のエピソードは完全な形で現れることもあるが、中等度の体重減少または一過性の無月経を伴った軽度ではっきりしない形をとることもある。
摂食障害の検査
摂食態度検査(Eating Attitudes Test:EAT)
EAT-26とEAT-40があり、EAT-26でも信頼性と妥当性は変わりません。
EAT-26は体重が増えすぎるのが心配、私がもっと食べる用に家族が望んでいるように思う、など26項目の質問からなるもので、摂食態度について検査するものです。
ただし、神経性やせ症(AN)の患者においてはぼ病識欠如や否認のために低得点になる事もあります。
摂食障害調査票(Eating Disorder Inventory:EDI)
摂食行動や心理的特徴を評価するテストで痩せ願望や肥満恐怖、体型不満や過食などから無力感、完全主義、対人関係などまでを評価するもので、摂食行動や心理的変化をとらえるために使用する事が多いものです。
摂食障害症状評価票(Sympton Rating Scale for Eating Disordes:SRSED)
28項目からなる質問で、肥満恐怖や過食と食事による生活支配、食べる事への圧力などを評価しスクリーニング的な役割と共に、29.30の項目で重症度を評価する事もできるものになります。
その他、様々な検査があります。
摂食障害の合併症
摂食障害では様々の身体合併症や精神合併症を引き起こします。
やせや低栄養による摂食障害の身体合併症
尿の異常
急激な体重減少により尿中にケトン体が出ます。
皮膚の異常
皮膚のたるみやしわの増加、副腎ホルモンによる産毛の増加や低栄養による頭髪の脱毛などが起こります。
血液の異常
貧血や葉酸、亜鉛やビタミン不足、末梢血の血球減少や脱水、電解質の異常、肝機能の異常、腎機能の異常、コレステロール値の上昇や内分泌系のホルモンの異常値が挙げられます。
その他
疲労感や不整脈、徐脈、動機、けいれん、味覚異常、食後の不快感、便秘、嘔吐、浮腫、骨折、無月経、性欲低下、睡眠障害、認知機能の低下や集中力の低下、脳の萎縮などが起こります。
過食や排出による摂食障害の身体合併症
歯の異常
過食と嘔吐を頻回に繰り返すため、歯のエナメル質が損傷し、う歯を起こしやすいです。
30歳前後で歯が脱落している患者さんもいます。
皮膚の異常
人差し指や中指を喉の奥に挿入して嘔吐を繰り返すため、手背の指の付け根に吐きだこができたり、過食による急激な体重変化のため、皮膚線状が見られる例もあります。
血液の異常
血中の電解質異常(低Na、低K、低Cl)、アミラーゼの高値、肝機能障害、腎機能障害、LDHの上昇などが認められます。
その他
動機、不整脈、けいれん、失神、意識障害、腹痛、腹部の圧痛、胃拡張や食道裂孔、逆流性食道炎、膵炎、血性の下痢、気胸、気腫などが起こります。
摂食障害の精神合併症
気分障害
神経性やせ症(AN)でも神経性過食症(BN)でもしばしばうつ病を合併します。
家族間でうつ病の方がいた場合にはさらに頻度が上昇します。
不安障害
神経性やせ症(AN)においては体重増加や肥満に対する強い不安感から、全般性不安障害や社会不安障害、パニック障害を引き起こすことが高率に見られます。
特に過食を呈する方では強迫性障害や社会不安障害の合併が多いです。
パーソナリティ障害
神経性やせ症(AN)では不安で内向的、依存型や強迫、回避型が多く、クラスターC群が多いが、神経性過食症(BN)では境界型、演技型、反社会性のクラスターB軍でのパーソナリティ障害の合併率が高かったです。
神経性やせ症(AN)では4割から8割にパーソナリティ障害があり、神経性過食症(BN)でも3割から6割の方が少なくとも1つのパーソナリティ障害の合併が認められました。
また、パーソナリティ障害がある方は比較的予後が不良のケースが多く、問題行動に結びつきやすいという報告もあります。
アルコール依存および薬物乱用
アルコール依存や薬物乱用や昔から指摘されている合併症です。特に欧米では神経性過食症(BN)の女性との関連が高く、一説では神経性過食症(BN)の半分以上の患者がアルコール依存に罹患していたという報告があります。
日本ではアルコール依存と神経性過食症(BN)の合併率は1割程度ではありますが、アルコール依存とパーソナリティ障害の合併とも深いかかわりがあるため、今後検討する余地があると思われます。
摂食障害の治療
最初に言うと、摂食障害の特効薬はありません。
精神療法、行動療法、身体療法を患者さんそれぞれの背景を考慮しながら行います。
摂食障害で最初に行うべきことは動機付け
まず、最初に行うべきことは、治療に対しての動機付けを行っていくことです。
- 自分の状態を病気として認識していない、もしくは否認している状態
- 問題意識はあるが、食生活を変えようとしていない状態
- 自分の状態を変えなければいけないと考えている状態
- 治療を受けてきたが、うまくいかなかった状態
上記の様な状態の中で、今どこにいるのかを認識しながら患者さんに合った治療法を検討していく事が大切となってきます。
まず、摂食障害は、死に至る病気であることを認識させ、病気であると、認める事ができた時点で食生活日誌に記載していただきます。
現在のやせや自己誘発性嘔吐を続ける事で得られるもの、失うものをきちんと把握していただき、最終的に治療をするか否かは患者さん本人に選択していただくのです。
ただし、バイタルサインに問題があり、緊急を要する場合には家族の同意を得て強制的に入院加療となる場合も中には存在します。
その時にも、治療は本人の意志がとても大切であり、退院後も本人自らが治そうと動機付けができている方に対して、外来加療を行っていくというスタンスになります。
摂食障害の外来通院治療
神経性やせ症(AN)患者の場合
治療に対しての動機付けができたとしても、その後絶えず揺らいでしまう事を念頭に置き、根気よく量を継続していく必要があります。
神経性やせ症に対しての病気の理解と共に自分自身を変え、生活を変える勇気と覚悟をもっていただき、改善した状態や予防についても理解していただきます。
体重については週に1回程度測定していただき、BMI20の9割の体重を目標体重と設定していきます(身長160㎝であればBMI 20×1.6×1.6×0.9=46.08㎏)。
そして、食事日誌をつけていただき、1日3食の正常な食事パターンを目指し、腹部膨満などで少ししか食べられない時には1日の食事の回数を4~6食に増やし、家族と同じ内容の食事を家族と一緒、もしくは気になる場合には家族と別で食べていただきます。
そして、1週間毎に食事日誌を見直していきながら食べる量を2割づつ増やしていき、体重増加率を1週間に0.5~1㎏増加する様に設定します。
体重が3~6か月不変であれば入院治療を検討し、現在の状態で得られるもの、失うものを再度確認しながら根気よく治療を進めていきます。
神経性過食症(BN)患者の場合
ANの場合と同様にまずは病気に対しての知識と理解、そして動機付けをしていきます。
その上で、過食嘔吐などの食行動異常をいかにコントロールするかを「認知行動療法」を行い指導していきます。
食生活日誌と共に、過食しそうになった時の代償行動について考えてもらったり、ストレスを減らし、完全主義の打破や自己主張訓練、問題解決方法なども指導します。
また、自己誘発性嘔吐や下剤、利尿薬を使用する事による身体におけるダメージについて教育し続けていくことも必要です。
摂食障害の入院治療
入院は生命の危機があるときや動機付けが困難な場合には必要な方法ですが、根本的な治療ではありません。
入院治療は悪循環を断ち切る1つの要因に過ぎず、真の回復には本人の意志が重要であること、治りたいという思いに寄り添う必要があります。
神経性やせ症(AN)患者の場合
まずは動機付けのための行動療法を行います。
正常な食事パターンを身に着け、体重の回復を目標としていきますが、あくまで主体はAN患者さんであり、我々医療従事者はサポートする側として寄り添い、徐々に食事のカロリーを上げていき、行動制限を調節していきます。
神経性過食症(BN)患者の場合
外来での「認知行動療法」で過食と嘔吐が収まらない場合には、正しい食生活の学習と過食と嘔吐の悪循環の中断のために一時的に入院加療を行う事があります。
入院加療はあくまで外来加療を継続するための物であり、基本的には外来加療となる事が多いです。
緊急的な入院の場合
自傷行為がひどくなった時や、家庭内暴力など、自傷他害行為がある時やふらつきがひどく、生命の危機がある時には緊急的に入院となる場合があります。
この場合には同じ様な状況に陥った際には再度入院となる可能性についても説明し、納得していただきます。
摂食障害の入院加療は一時的なものであり、長期入院は基本的には行いません。
動機付けや問題行動の是正、生命の危機に至る場合にやむをえず行いものであり、基本的には外来通院で患者さん主体での加療になります。
摂食障害の精神療法
支持的精神療法
共感や受容、助言により、患者さんの不安をやわらげ、防衛を支持し、病気をもってしても必死で生きる姿に共感し、患者さんの本来の能力を引き出す様にすることで治療に結びつけていく方法です。
摂食障害は回復する病気であることと共に、夢を持たせながらも、医療者側へ依存するのではなく、患者さん自身が乗り越えるべき壁を乗り越えていくことで自己効力感を高めていきます。
病気についての教育が中心となりますが、摂食障害自体は治療を受ける受けないにかかわらず、自然治癒はほぼなく、一生涯付き合っていく病気であることも最初に説明し、今まで患者さんが抱えていた負の部分に対して傾聴、思いやりと共に共感の態度を示します。
また、最初は身体や体力の問題を解決し、それが解決できれば心の問題に取り組んでいくことについても繰り返し説明していきます。
対人関係療法
対人関係療法は、既婚者で主に夫婦間での問題を抱え込み、摂食障害になった患者さんについて用いる事があります。
家族療法
家族療法は家庭内に対立や不法行為、虐待、ネグレクト等が恒常的に存在する機能不全家族の一部や、そこまででなくとも、過保護や葛藤解離、両親の問題が子供の問題として取り上げられている様な家族全体の問題に対して治療介入をする方法です。
18歳未満に発症した摂食障害の例では慢性化していない症例に関しては個人療法よりも家族療法の方が効果的である、という報告もあります。
集団精神療法
同じ悩みを持つ摂食障害の患者さん同士が集まり、自らの体験を話すことで、孤独感や絶望感、無力感や自己嫌悪感にさいなまれている患者さんやその家族の苦しみを軽減させます。
そして、自己洞察を深め、他人の行動から自分の行動を悔い改め、共感できる仲間を作るなどの目的もあります。
摂食障害の行動療法
不適応行動がどのような状況でどのように構築されるのかを分析し、不適応行動を除去して適切な行動を再学習していくのが行動療法の基本になります。
患者さんの摂食行動と共に、医療従事者と患者さんとの良好な関係を築きながら主に神経性やせ症(AN)の患者さんを主体として行っていきます。
第一段階として1000kcal前後のカロリーから開始し、1週間毎日3食全量摂取できたときには1日に200kcalずつ増量し、1週間単位で徐々にカロリーを上げていきます。
その間にも食生活日誌はつけていただき、患者さんと検討しつつ、体重測定は1週間に1回測定します。
守れない場合には化粧室や入浴以外は自室を離れないなど、活動制限をおこない、通信についても場合により制限する場合があります。
そして、目標体重に到達した時点で第二段階、第三段階へと移行し、最終的には標準体重の90%に達していく様に指導していきます。
摂食障害の認知行動療法
認知行動療法は本来であればうつ病の治療として開発された治療法です。
主に動機付けがしっかりと確立された神経性過食症(BN)患者さんに対して行う事が多く、痩せ願望と肥満恐怖から排出行動に至ってしまっているという仮説に基づき、体型や体重に対してのボディーイメージの是正を行い、健全な食行動にもっていくことを目標としています。
摂食障害の身体療法
摂食障害の身体療法には、薬物療法、経管栄養法、点滴や高カロリー輸液などがあります。
摂食障害の薬物療法
摂食障害の方は、その経過途中で抑うつ状態に陥ったり、不安感が生じる事もしばしば見受けられます。
また、抗うつ薬が過食や嘔吐を減少させ、再発予防にもつながるという報告もあります。
そのため、短期間の抗うつ薬などの使用を行う事がありますが、症状は限局的なものである事も多く、精神療法との併用で行う事が多いです。
また、二次的に生じる精神症状である不眠や不安焦燥感、衝動行為に対して対照的に薬剤を使用する例もあります。
摂食障害の経管栄養法、点滴や高カロリー輸液
経口摂取ができなくなり、体重減少が著しく、低栄養状態が著名で生命に危機を要する様な場合には経管栄養や点滴、または中心静脈による高カロリー輸液を行います。
しかし、これはあくまで緊急的な対処法であり、ただ単に体重を増やすためだけに行い目的になってしまう事で患者さん自身が食べる事を拒否したり、反治療的になり、長期的には失うものが多いなどの指摘もあります。
あくまで治療の主体は患者さんであり、決して懲罰的にならないように注意が必要です。
その他の摂食障害の治療
その他、スポーツ選手やパーソナリティー障害の合併症例、行為障害をきたす例や既婚例や遅発例、慢性的な治療抵抗例など、非典型的な症例も数多くあり、個々に応じた治療が必要となってきます。
摂食障害の経過
ここでは神経性やせ症(AN)、神経性過食症(BN)の一般的な経過について解説します。
神経性やせ症(AN)の経過
神経性やせ症(AN)の摂食制限型で発症し、過食を生じないタイプ
比較的短期間で回復するものと、10年以上経過しても低体重のまま、過食は生じず、なんとか生活できているパターンに分けられます。
神経性やせ症(AN)の摂食制限型で発症し、過食型に移行するタイプ
神経性やせ症(AN)の中で最も多いパターンです。過食型に移行する事で低体重で慢性的に経過する例が多いです。
神経性やせ症(AN)の摂食制限型で発症し、過食型に移行して神経性過食症(BN)の排出型に移行するタイプ
このタイプは神経性やせ症(AN)からBNに移行するタイプです。
神経性過食症(BN)の中で神経性やせ症(AN)の既往があるタイプだと、長い経過をたどります。
神経性やせ症(AN)の摂食制限型で発症し、過食に移行し神経性過食症(BN)の排出型から非排出型に移行するタイプ
このタイプは最終的には肥満に傾く傾向にあります。
神経性過食症(BN)の経過
過食で発症し、排出行動を生じず経過するタイプ
このタイプは一過性におさまるタイプと、慢性化して正常体重から肥満型へ移行するタイプがあります。
過食で発症し、排出行動を生じて経過するタイプ
神経性過食症(BN)の中で一番多いタイプでたいていの場合、慢性化します。
過食で発症し、排出行動を生じ、その後低体重となりANの排出型に移行するタイプ
神経性過食症(BN)から神経性やせ症(AN)に移行するタイプは一般的には稀です。
摂食障害の予後
神経性やせ症(AN)の予後
神経性やせ症(AN)の4年間の調査では51%が標準体重の85%以上となり、月経到来があった回復群であったものの、11%が死亡し、25%は標準体重の85%未満で無月経、排出行動が週1回以上という結果でした。
また、初診時からの10年経過した調査では神経性やせ症(AN)群の80%が回復しており、神経性過食症(BN)群でも60%が回復していました。
6年間の調査では回復群76%、部分回復や不良群は8%で、死亡例は8%でした。
ドイツの4年後調査では、回復群が33%、部分回復も33%で、不良群33%、死亡例は1%でした。
10年以上経過してもなかなか回復せずに慢性の経過を呈する患者さんも1割以上いるという結果ができました。
神経性やせ症(AN)の死亡率
全体の死亡例としては、6%ほどで、その内訳は、合併症による死亡が54%、自殺が27%、原因不明が19%となり、突然死の原因は不整脈などの心血管イベントが多かったです。
10年以上の追跡調査での死亡例は9.4%でした。
神経性やせ症(AN)の予後不良因子
予後不良因子としては、過食と嘔吐、薬剤乱用、長い罹病機関やアルコール依存の合併、強迫性パーソナリティー障害の合併などが挙げられています。
神経性過食症(BN)の予後
5~10年以上の追跡調査では50%が回復し、30%は再発し、20%は慢性の経過をたどりました。
別の10年以上の追跡調査では回復と部分回復が50~70%で、不良が10~30%でした。
神経性過食症(BN)の死亡率
神経性過食症(BN)の死亡例としての研究はすくなく、全体の死亡率は0.3%との報告があります。
また、10年の追跡調査では0.5~2.3%という報告もあり、死因としては自殺や事故死、心不全と伴う身体疾患の報告がありました。
神経性過食症(BN)の予後不良因子
予後不良因子として、ANの既往がある患者さんは予後が不良であるという仮説はあります。
また、長い罹病機関や物質関連障害の合併、パーソナリティー障害の合併群では予後が悪いのではないかと言われています。
以上、摂食障害についての解説をしました。
これを見ることでひとりでも多くの方の生命が助けられ、回復に向かえばいいなと思っています。
摂食障害に限らず、全ての病気は患者さんが主体となって治療を行う場合がほとんどです。
あきらめず、自分を信じて、自分に合った治療法を積極的に試していってください。
応援しています。